写真をカタチにするお手伝いをします

写真整理#6(フィルム時代後期)

写真整理

写真の現代史の振り返り、続きです。

富士フイルムの沿革を紐解くと、1960年代後半には同時プリント(現像時にフィルムで撮影した全てを同時にプリントするサービス)が普及していたようです。

1970年の大阪万博以降、カラーフィルムの品質がどんどんアップして価格も手頃になって来ました。カメラも高性能且つどんどん安くなっていきます。

1980年代に入ると至るところにフィルム、プリントの取次窓口が広がります。私が大学の時にはスーパーはもちろんのこと、クリーニング店や書店などでもフィルムの現像・プリントの受付をしていました。

1980年代後半になるとレンズ付きフィルム「写ルンです」が登場、ミニラボ機(お店で現像・プリントできる機械)も開発されてプリントチェーン店が全国に拡大、フィルムを出すと1時間でプリントが仕上がるスピード仕上げが普及してきます。

技術が進歩して、フィルムもカメラもプリントもどんどん安くなる。
どんどん便利になって「安く」「早く」「たくさん」が当たり前になります。

高度成長期ということもあってユーザーもガンガン消費しました。私もその時のユーザーですが、撮影したものを全部プリントするだけして、ちょっとだけ見て袋に入ったまま、なんてこともしょっちゅうありました。私も含め、当時のユーザーの中には「歳をとってからゆっくりプリントを整理しよう」「写真をみるのは老後の楽しみにとっておこう」と思っていた人も多かったと思います。

企業は、ユーザーの不便を解消させるべく、技術を進歩させて便利にしていきました。
コストダウンしながらスケールメリットを出すことで価格を下げて、お客が気兼ねなく使えるように企業努力をしました。ユーザーはその果実を享受して写真を多いに楽しみました。

そしてその結果、ショット数=プリントがユーザーの許容量を超えてしまい、写真を整理する=写真を選んで編集する、ということができなくなってしまいました。できないので「いつか手が空いてできるようになってから」と後回しにするようになってしまいました。こうして、家の押し入れや物置きに大量の写真が未整理のまま眠っているという状況が生まれることになりました。

もちろん、たくさんの思い出をアルバムにちゃんと整理できているという方も多くおられると思います。また、若い子たちも写真を楽しめるようになったことで新しい写真文化もたくさん生まれました。プラスのこともたくさんあったことを補足しておきます。